From Country Side to ...

1991年生まれ。英語・トレーニング・健康がターゲットです。読書、映画、音楽、散策が昔から趣味。現在はフィリピン マニラに留学中。

そうしてフィリピン留学を終えた

◆ フィリピン留学が終わった

フィリピン留学が終わった。そう、終わった。
留学のターゲットが明確である故の冷静さと、それでも奥底に燃える未知なる土地での変化への期待。
そんな相反するエネルギーの中で日本を発ち、先日無事帰国致しました。
相変わらずブログ運営の才に欠ける為、体裁の悪い記事となりますが、その結果を簡単にまとめます!

◆目標1 TOEIC 800点を獲得する…達成!

 
2017年12月9日。
犯罪率の高さで有名なフィリピンの中でもとりわけヤバいとされるManila市の郊外から、初めて都市部メトロ・マニラへとお上りさん。
試験当日は朝の4時過ぎに起床し、生まれて初めてUbarを利用。
タクシーを探すも、やはりなかなか捕まらず焦る。非常に焦る。捕まったと思ったら消えやがる。ひたすら焦る。
結局、初老の和やかなドライバーさんの電波が捕まり、お世話になった。
ナンバーが私の誕生日と同じだったので、縁起が良いな!と思わず写メ。


まだ夜から目を醒まさない暗いマニラ市内を、清潔で重厚な日本車の中から眺める。
それでも町の人々は既に目を醒ましており、誇りがかかった看板の下で忙しなく歩き回っている…。
最初の留学時代を思い起こすような、異国の地を一人で駆けずるあの感覚を取り戻した様な…忘れられない感覚でした。


さて、交通状況の劣悪さに定評のあるマニラ。
万が一を恐れて5時半頃に語学学校の寮を出発したが、なんと30分程度で試験会場に着いてしまう。
受け付けは7時半から…「Why are you so early mam?!」と非常に文法が怪しいタガログ語なまりの英語で係員に話しかけられることとなった。
フィリピン恒例の「歌いながら働く陽気なスタッフが過剰な人数で現場におしよせる」現象は健在で、受付のデスクにはちきれんばかりに集まるスタッフ達。
しかしその彼ら、非常にヘルプフルで優しい。
フィリピンのTOEIC運営組織はHOPKINS INTERNATIONALだが、彼らが試験前後の最も重要な時期に音信不通になることさえ除けば、問い合わせにはスムーズに対応してくれるので安心して受験できる体制は整っている。
※スコアを受け取る時に知ったのですが、この組織、超高級高層ビルの中にオフィスを持ってました。何故か私が受け取りに行った時、そこはもぬけの殻でした。(笑)


さて、海外でのTOEICだが、その運営規則はかなり厳格だ。
持ち込みは一切禁止。
筆記用具は組織が支給。
目薬も、ぜんそくの薬もだめ。
一度入室したらトイレもだめ。
加えて、金属探知機で身体検査まで!
そもそも日本ではそこまで不正を予防する必要は無いので、文化の差を痛感。

そうして遂に始まったTOEICだが、受験者は70人程度。
韓国、中国、日本、フィリピン人という国籍構成である。

ここで是非強調して報告したいことがある。
それは、慣れない第二言語でインストラクションを受けて試験が要求する情報・アンケートに正確に答えることがどれだけ大変かということだ。
ご存知の通り、TOEICはお節介なくらいプライベートな情報を聞きたがる。
それを何から何まで英語で緊張しながら聞く訳だから、それはもう試験開始前からリスニングパートが始まっている様な負荷だ。
これに耐えた後に2時間200問の地獄の試験を受ける訳だから、外国での受験は既に海外生活にもTOEICにも慣れている人でないと絶対におすすめしない。
私は導入の30分で既に疲弊していた。
ただ、そういう訳で過剰に押し寄せた陽気な人員が一室に構えてあなたのことを助けてくれるので、心配は要らない。


長々と書いたが、私のTOEICの結果は855点と目標を大きく超え、結果的には達成となった。
随分遠くまで来ちまったなと、タクシーの中で静かに涙を流しかけた。
一刻も早く帰って、先生や仲間の顔が見たかった。
どんなに疲れていても、どんなにメトロ・マニラの狂った交通状況の中でWi-Fiとタクシーを捕まえることが難しくても、自分の手の中に855点のスコア表があると思えば耐えられた。なんなら歩いて帰れそうだった。


目標2 再就職に向けたルックス作り…未達成!

これは未達成とする。(笑)
食事環境は評判通り素晴らしく、毎食野菜料理がたっぷりでた。
淡々と筋トレと有酸素運動糖質制限を続けたものの、
物価の安いフィリピンのお菓子、ヌードル、屋台料理を結構な頻度で楽しんでいた。

体重は出発時から2kg程度落ちていたし、ユニークな仲間ともんでもまれている間に少し顔つきがしまったとは思うが、劇的な変化では無い為、未達成!



総観


行ってよかった。
単純に言える。行ってよかった。
目標も達成。出会い、社会勉強等の付加価値もあった。

愛して止まないマルタに対して、単純に「行って良かった」と言えなかったのは何故か。
それは、4カ月という月日の長さと、なにもかも未体験だった私の扉が開いたことで、
まるで恋愛の様に期待と失望と愛情が絡まって関係が複雑化してしまっていたからだ。

私は自分と自分の留学生活の関係性をどう解釈して良いか分からなかった。
何かを終わらせに行ったのではなく、そもそも始める為に行ったのだと初心に還ったのは帰国して随分経ってからだったと思う。

良くも悪くもあの国は永遠に特別なところ。
今だけを生きることで永遠を生きていた日々のことを、忘れることができる筈がないのだ。
それこそ、「初めての男」みたいな存在なんだろう。


それならば先へ歩むぞとフィリピンへ語学力を高めに行った。
相変わらず私のセロトニンはちっとも出てくれないし、ストレス高血糖もすさまじいし、わんさか敵がわいてくる。
けれども、心の奥底でどこか満たされている。
数字がきちんと出たことで、結果がでてこの旅を走り切れて安心している。


理性で計画を立てたって、最後にはなんの保証もないのが人生だ。
今後も道なき道を歩いていく孤独な人生なのかも知れない。
それでも良い。
私は今、英語という貴重な切符を確かにこの旅で手に入れることができたから。

すべてのはじまり マルタからフィリピンへ

 

 

 曲がりくねった道を静かに遠回り。

私は2016年12月に日本を発ち、約4か月間を地中海の絶景で過ごしました。

それまで海外に出たこともなく、飛行機もまともに乗ったことがなかった私が、中東でのトランジットを経て24時間を超えるフライトを楽しみ、その小さな島に到着しました。

 

元々文系で、読むこと・書くことは大好きでした。

しかし、英語を学ぶことは大学受験以来。

 

私が通っていたのはGV Maltaという小さな家族経営の学校で、ちょうど新しい授業プログラムを試す為に料金設定を格安にしていました。

年齢層も高く、勉強するには適していると入学を決定。

 

クラス分けの為のレベルテストはネットを介したもので、子供騙しの様な選択問題と簡単なライティングを受けるのみ。

自分の知識に対してワンランク下げたクラスでスピーキングを鍛えたかったので、ちょこっと飛ばして適当に受験。

Pre-Intermediateクラスでの学習がはじまりました。

 

 さて、過程は長くなってしまうので今回は割愛。

 

甘い匂いが漂う不思議な国。

英語に出会い直し、澄んだ海辺でそれに向き合って贅沢に堪能する毎日でした。

「英語で英語を習うなんて人間業じゃない!できるわけねえ!」と思っていたのですが、私を最初に担当してくれた先生は全校的に信頼が厚い、素晴らしい先生でした。

はじめて彼女の授業を受けた時、「これで間違っていなかった!」と確信。

 

自分自身の適性。

そして、英語をマスターした場合、その投資に対するリターン。

実感することができました。

フラットメイトとの摩擦など苦しいきっかけも重なりながら、私は駆け足でスポンジの様に語学を吸収せんとしました。

また、同じクラスに日本の女子高生の子がいたのですが、彼女はすました顔でガムを噛みながらクラスで要求される知識をほぼ完ぺきに有しているという状態だったので、大変刺激になったものです。

そうして、私のクラスは日本、イタリア、トルコ、 スロヴァキア…という国籍構成で始まりました。オフシーズンで人が少なく、勉強するには良い環境でした。

 

 

 そもそも、前職では顧客に中国・台湾人の方がいましたが、私の異文化体験といったらその程度の希薄なものです。

前評判通り、マルタの語学学校は私が通っていた田舎の小さな学校でも国籍は多様でした。

思えばとても人前には出られないレベルの英語力で、お互いにしか通じないジョークなんかも楽しみながら、おいしいワインをみんなでワイワイ開けることも多々。

心の内側を語り合える日本人のお友達とも出会うことができて、もしも私が「異文化体験」だけを目標に留学したのであれば、実りのある体験だったと信じて疑わないのかも知れません。

私自身も、実際そうでした。

この日々は大きく私を育てて守ってくれた、と、信じておりました。

 

 

しかし、帰国した後、私に襲い掛かってきたのはかつて経験したことのない失望感、絶望感、迷い、ゆらぎ…。

今となってみれば、要するにそれは、幼いころ、夢の中で出てきたスーパーボールを握って必死に現実に持ち帰ろうとしたけれど、目を醒ませばやはり手の中から消えている。そんな体験に似ていたかも知れませんね。

 

 

そういった天国と地獄を行き来して長い間苦しんだ経験から、留学や語学学習(TOEIC対策)について自分の失敗経験をシェアしたいと思うようになりました。

遂に明日からマニラでの8週間が始まることを機に、少しずつ発信を始めたいと思います。

 

  • 8週間の目標

1 TOEIC 680 → 800へ

私がマルタへ発った頃は、高校卒業程度の語彙と文法をかじったことがあるのみの初心者でした。帰国する頃にはもうすぐ’Intermediateの教科書が終わる’というレベル。

もうあと2~3週間あったらな、と悔しい思いで帰ってきました。

 

間抜けなことにTOEICの申し込みをきちんとしておかなかったせいで、帰国2カ月後の6月25日にTOEICを初受験。

リスニングパートでは模試とは別世界の複雑な会話内容に打ちのめされ、却ってきたスコアは590でした。

 

私個人としては、目を見張る成長かも知れません。

私がTOEICの学習をはじめた時は、ものの数問の文法問題を理解することに何十分もかかる勢い。長文なんて、1日1つ読んだら疲れてしまいます。

そもそも英語の質問を1時間聞き続けることはおろか10分でも辛いので、推定スコアは200以下です。

 

 

 

そうだとしても590というスコアを履歴書に書けますか?仕事でつかえる実力ですか?なぜ行ったのでしょうか?なにをしに行ったのでしょうか?

 

 

 

大金と職歴の間を作って帰国した私の手に残ったもの。

それは英語の実力なんかじゃありません。

ただの海外と英語世界への扉です。

それは開ければ開きますが、閉じてしまえばそれで終わり。

旅行で終わりなのでした。

この過程を成功にするのか、失敗にするのか。

それは今後の私の行動にかかっている。私はそう決心しました。

俺は就職の最低限の基準まで、ビジネスレベルまでぶちあげるぞジョジョーーーー!!!!

 

※考えの浅はかだった私がどれくらい途方に暮れたか、少しは想像していただけたでしょうか…(笑)いまでも浅はかなんですけどね。

 

 

 

 

2 職場復帰の為の肉体改造

かねてから心身症で心を体でひっぱり、体を心でひっぱるようにしていました。

具体的には、朝方の生活習慣と、心の声を聞いて食べることと、トレーニングの継続です。

私はこれをもう10年近く続けていますが、もともと虚弱な心身のなかに不思議な向上心と冒険心と功名心をもったこの厄介な人格を健康にコントロールするのは実に大変です!(笑)挑戦も、間違えばあっという間に逆の方向に振れてしまう。

 

人は見た目が9割」だなんて表立ってささやかれていますけれど、私もアピアランスは重要だと思います。

私は、「今後この容姿で自分を伝えたい。活躍したい。」と思える見た目を作って帰国し、再就職先でもタフにパフォーマンスを保てるようにするつもりです。

 

 

 

以上、簡単な経緯と8週間への意気込みでした!