Enter The Void

1991, Tokyo. A trader from the country side. Book

真っ白な編集画面

ベッドの下に見慣れた黄緑色のAMERICAN SPIRITの箱を見つけて、中身を覗いたら生存者五名。お前らよく酔っぱらいの私の魔の手から生き残ったな~よしよしウイ奴じゃと一気にテンションが上がります。一度火をつければ競合の五倍は豊潤で長時間楽しめる銘柄だから、私はハナモクに久しぶりのチェーンスモーキングを愉しめることになった。シメシメ。普段は電子タバコを吸うことすら忘れて過ごせてしまう私だけれど、死ぬ前に吸うなら絶対にこいつだと思う。お前はキングオブ煙草だ!ちなみに、私のカバンのポッケからはよく小銭が転がりだす。五百円玉などくだらない。気もそぞろでずぼらな暮らしをぎりぎり営んでいるせいで視界から外れて忘れ去られた気の毒な連中。

ずぼらな自分から、こうして度々ボーナスをもらっているのです。

 

 

さて、私は読むことと同じくらい書くことを愉しみに一日の仕事を終えます。次はいつこの真っ白な編集画面に向かおうかな、何を書こうかな、と。

 

ジムで重たい体を持ち上げている時も、朝晩の通勤列車で奇妙な成人のコスプレをした人々につぶされて意地悪をされている時ですら頭のなかはいつもひとりぼっちにお喋りで、まあ、言うなら常々なんか書いているようなものだ。なんのテーマも野心もない。恐らくはただ、こうしていないと生きられないのだ。そして楽しい!

 

しかし、そこにくわえて近頃更に楽しいのは、私の脳みそがひとりごとタイム中にあれこれアクティヴィティを思いつくようになったことであります。ㇵッ!閃いた!これ、チョ~ヨクネ?!を一日に数回繰り返してクラムボンの如く忘れる。中学生男児かよ。

 

今日も湯豆腐をかき込みながら何やら決定的に素晴らしいことを思いついた気がするんだけど、あれから一時間経った今、その僅かな残り香も残っていない。マジでやめろよ。世紀の大発見が水の泡だよ。たぶんどうせ読書会 in 場末 関係だろうな…。なんだっけ…なんだっけ…悔しい…誰か哀れな中学生のかわりに思い出してください…。

 

一事が万事この調子でマイペースで、結局は自分のロマンにしか関心がない。気づけば良い歳。このままでは一度も「若い女」だったことがないままババちゃんになってしまう。肌が嫌に柔らかくなってきた。重力で衰えてやがる気がしてならない。ホラー。日々は確実に私たちを連れ去っていくのに、相変わらず女性は有料コンテンツ!風俗はインフラ!くらいの勢いで経営者になりたがってるし、一般的に女の暮らしに安定と幸せを運ぶ青い鳥と信じられているテストステロンたちも受け付けない。(だって充分、自分がもってそうだし。人間欠けてるもんに惹かれるっていうし。)

 

あ、そういえば、遂に読書会のアカウントを開設した。月曜日に仕事終わりにHUBで日本人を辞めながら閃いちゃった☆彡と勢いで開設して、数日。既に何回誤爆しそうになったか分からない。いつアカ間違えてオッパイ大好きと書き込んですべてを失うのでしょうか。それよりなにより、早く外の人の源氏名を考えなければいけません。セクシーなのがいいです。キャサリンかな。エリザベスかな。ジョナサンでもいいな。はあと

 

 

 

 

 

 

私は自分が一年後何をおっぱじめているのかさっぱり想像ができません(^_-)-☆

Ah 中の人がたくらんでることは秘密

その昔赤い公園というガールズバンドを好きで聞いていて(下手したら年下なのだけど演奏が上手でハイセンスなの!)、「絶対的な関係」という曲の詞を実に不思議な曲だなあと思いながら聞いていました。「中の人」って一体なんのことだろう?さっぱり意味が分からない、声優さんでも好きなのか?と。さっぱり意味が分からなくっても、いやだからこそこの疾走感が尚更Cool!ってな具合で、よく聞いていましたね。まだ東京チカラ飯がもてはやされていた頃だよ。

 

当時から私は西新宿が苦手でした。そして東と言えば生まれて初めて行った二丁目へ向かう道中で読んでいた本のタイトル(九月が永遠に続けば)とSteely DanのJosieがリフレインしてしまいます。あ。Dan・・・・。あの人、元気だろうか。もしもし…私は元気です…レズ風俗経営者を夢見る程度には立派な女スキに成長しました…。

 

さて、年を食ってなんとなく赤い公園のその曲の詞の意味を理解し始めましたが、私もちっちゃなちっちゃな「中の人」になるかも知れなくなった最近、ふっとあの曲の一節がよみがえってきました。ここ最近ずっとゴッサムで読書会がやりたくってあれこれ目論んでは各地の読書会に参会させていただいていたのですけれど、私が今使っている個人のアカウントと読書会のアカウントが紐づいちゃったら一巻の終わりだなと。

あと、「あ、アカ間違えておっぱいって言っちゃった」とかね。

 

 

 

やめてーーーーー絶対にそこは秘密にしておいてーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

中の人が変態レズキチガイだとバレたら…参加者さんにバレたら…ゴッサム呼ばわりしてことがバレたら…

 

 

オワリよーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

田舎に放り込まれて、世界を変えるまでわたくしなりに苦労しました。

だからこそ、隙間を埋めるような企画ってあって良いなと思っています。

開催しやすい都会ではなく、ゴッサムにあえてこだわって挑戦してみました。

 

 

 

ああ 中の人が企んでいることは秘密

目論んでいることは秘密

私達だけの秘密

 

…にしておいてくださいね(^_-)-☆

私の書き連ねてきた場所作りへの夢は大変な理想主義。理想主義ですけど。自分がどれだけスパッと切り捨てていく人間か、理解もしていますけど。

 

だけど。がんばりまっする。

「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」

午前を過ぎてアパートへ泊まり込みにきた妹は、泣きつかれて眠る子どもの様に貧しい我が家で布団に沈んでしまった私を起こそうとしなかったらしい。そして私も、いつもと違って決して目を覚まそうとはしなかった。

 

数か月前まで足早に通ったストリップ劇場へ足が凍って動かなくなってしまった自分を自覚して以来、まるで石ころを当てられて尻尾を巻いて逃げているような切なさ、「ストリップを愛して楽しむお客さん」として精一杯の愛を返すことができなかったことへの挫折と悲しみが噴出していた。きっとステージへのお礼は目に見えるお金や物だけではなくて、そこで本当に楽しんで応援している人の弾ける感動や喜びでもあるんだと思う。そういう意味では、やっぱり私はストリップのお客さんたちの様にリラックスして笑って拍手することなんてできなかったなあ…しくしく…まずもう目を合わせて観るってまったくできなかったから、オープンショーの度にどんな顔してたら良いのか分からなかったし…。

 

しかし、昨日は大好きな踊り子さんが懐かしい劇場に出演していたので、ちょっと思い切って足をのばしてみたのだった。もちろん、既にあの世界から挫折してしまっている自分を理解していた時点で、予想していたことしか起こらない、というかできなかった。険しい顔、泣き出しそうな顔をしてそこにいるということは最もしたくないことだったけれど、そんな簡単にいいお客さんにはなれなかったよね…。

 

相変わらずストリップのお客さんにはなれねえなあ~~!と実感するのと同時に、本当にこのステージにときめいてきたんだなあ。と、今日までここに綴ってきたような悲喜こもごもの変わらぬ思いを実感することができて、勇気をだしてお邪魔して良かったのでした。

 

一年間迷い込んだ美しく燃える森。

そんな簡単に人生の背後の箪笥に仕舞い込むことなんてできないししたくない。

だからちゃんと赤子の様に泣いて向き合って帰りました。(笑)

だからここから先は今日までよりもずっと単純で、行きたいなら、元気なときに行けば良い!That is everything!

 

 

…だけど。

いつかそこで体を張って戦う人達が「ニコニコ観てくれて、真剣に観てくれて、良かった」って。そう思ってもらえるようなお客さんになれたら良いなあ~という理想も、いつものわたくしの様にスパーッとほっぽり投げたりはせずにただ静かに胸の奥の宝石入れにしまいこむことにしました。ちなみに私の心の鍵は大体壊れてます。以上、無敵に解決ッ!!

 

 

 

 

さて、そんなこんなで泣きつかれて眠るリーマンになっていた私ですが、それでも今朝は秋晴れとアラームと共にすっきり体を起こして、今日の読書会の課題本であるフランクル「夜と霧」を開いていました。(導入で1200字…。)

 

「私はもはや人生から期待すべきもの何ものも持っていないのだ。」これに対して人間は如何に答えるべきか。ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。

 

すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時間問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。

 

 

 終盤のこの言葉の為にフランクルは収容所での日々を綴り、分析したのではないかと思える。それくらい印象的な個所です。今日は吉祥寺にあるブックマンションの一角で読書会に参会しました。流石中央線、これまでの空気間とは一風違って都会的で洒落た上品な空気を纏った方々ばかりで…最初は委縮しかけていたのですが(笑)、読書会の魔法でお互いの意見を自由にディープに交わすうちにすっかりほどけてくる。年齢も立場も性別も超えた人たちを失礼ながらこんなに近しく、自然に好きになれる。「あ~!学生時代こういう人に出会いたかった~!」みたいに感じられるのって凄いなあと思いました。

 

特に私は若い男性との接点が少ないので、同世代の男の方が立派な教養溢れる都会的なビジネスマンになってたりするとびっくりしちゃうくらいだから、そういう部分も多少矯正されそうです。

 

 

ブックマンションはとっても面白い仕組み。月額4000円で本棚の一角を借りられて、誰でもすぐに本屋さんができるようになっている。考えてみれば私達がその辺の古本屋さんで仕入れた本を売ろうとしたら割高にならざるを得ないわけで商売上がったりなのですけど、ブックマンションから買うという楽しみに差額を払う人っているらしいよ。

もちろん自費出版物を置く人もいる。一日で作家になれちゃうってわけだな。

 

私は最近こういう貸し本棚タイプの本屋さん経営に興味津々です。

収益を、と思えば難しいけれど、「赤字になってもちっぽけな夢のビジネスを自分でやるんじゃ!」と思えば、それこそお金払ってでも積みたい経験だよ。ローリスクですから。互いにリスク、分散されてますからね。こういうリスク分散型、シェア型の生き方って時代に合っているし流行ってるんだと思う。

 

私は最近「ああ…私…私…もう絶対にいい女になろう…」と突然仏道への悟りをひらいたかの如く誓いをたてたのですが、いい女になりたかったならば引きこもっているばかりではなく、こうして素敵な人々にもんでもみまくってもらう必要性が限りなくあります。限りなくコスモの如くあります。もちろん、そこからまた発行熟成期間の引きこもりがはじまるんでしょうけどね。

 

 

 

 人間はこの苦悩の中にも一つの課題、しかもやはり一回的な運命を見なければならないのである。人間は苦悩に対して、彼がこの苦悩に満ちた運命と共にこの世界でただ一人一回だけ経っているという意識にまで達せねばならないのである。

 

----秘かに涙を流したりすることもあるであろう。しかし彼はこの涙を恥じる必要はないのである。むしろそれは彼が苦悩への勇気という偉大な勇気をもっていることを保証しているのである。

 

 

悲喜こもごもは浅草の路地から

突然だけど、私は「二十七歳」を無駄にした。

どれほど多くとも百回来やしない、人生の貴重な一年間。

そんな時間を手から滑り落としていたあの甘く停滞した若い日々の中で、私の悲喜こもごもの舞台は東京タワーの片隅だった。

 

 

(今日はお仕事のつれづれ独り言です。すんません推敲ゼロの書きっぱなしです。)

 

 

 

二十六歳で短い留学から帰って、ようやく憧れていた仕事に就いた。

外資本の貿易商社の敵は世界中にいた。読み書きに関する限り公用語は英語で、みんな青いペンを使って英語でノートをとっていた。初めての朝礼で生まれて初めて宇宙語を聞いた。確かに意味の通った英語が聞こえてくるのに、なにを言っているのかまったく分からなかった。みんなは巨大で得体の知れないビジネスの話をしていた。

 

オフィスは若々しい人工的な緑とスポーツのグッズに溢れていた。

絶え間なくパートナー企業の社員が来日しては駐在していた。田んぼしかない町では見ることも叶わないお店へ次々と連れていかれた。

 

私があの会社で最初に経験したことは到底泳ぎ切れる気がしない畑違いのビジネスの世界は入ってしまった自分の無謀な現状への絶望感と、アメリカ人からの執拗なセクハラだった。

 

 

ふう…そんな日が遠い。

 

 

 

 

なにを始点にしたら良いのか分からないけれど、私の冒険のはじまりは浅草の路地だった。前職に入社して一年目、突然本社営業部に異動になった。どうしてそんなところに感じが良いだけの素直な小娘が異動になったのか、誰もが納得できず驚いていた。

 

ちょうどベテランさんがどっと抜けたあとだった。

本社には社長がどっかから引き抜いてきた窓際族のおっさん達あふれかえっていて、妬み、不満、憎しに溢れて息を吸うのも苦しいくらいだった。

 

それまで元気だけが取り柄の体育会の営業マンだったのが、突然社長の側近になった。五分に一回呼び出されるような日々だった。彼は抗うつ剤を飲んで、突然叫びだす人だった。彼は従順な側近を求めていた。「好きなだけ頼れて、どれだけ殴っても逃げ出さない、まあそーこそこ仕事もできる都合の良いヤツ」だ。悲惨な状況にあった当時の本社で、スケープゴートに選ばれたのが私だった。

 

会社全体の物流の進捗やら見通しをマネジメントして報告する役割として、既存・新規顧客の営業も並行した。

 

しかし、私の後の上司にあたる部署の先輩は、長時間労働を会社貢献だと思ってアウトプットがまったく雑魚い典型的日本企業の初老だった。部署に割り当てられていた新規営業にも行かず、露骨に私を嫌っていた。

 

「社長に呼ばれるのはもう俺じゃなくてあなただから」と、憎しみの理由を隠す恥じらいも持ち合わせていなかった。彼は新規営業に行かないのは俺が部下をマネジメントしているからだ、と言い訳が必要だったので、なんとか私を理由にしようとしていたのだ。

 

 

 毎日全身が鉛の様に重かった。

誰も仕事が分からない、教えられない、教えようとしなかった。

 

 

しかしそんなこんなで半年も過ぎると、ヘタも様になってきた。

おおよそ物流の動きが予測可能に思えて、必死に電話で交渉してきた客先、各拠点とも、なんとなく阿吽の呼吸ができてきた。数tの損失の調査や交渉を任せてもらったことも、当時は頭が真っ白だったけれど良い思い出だ。

 

くだんのダメ上司が人様とまともに喋れないせいで撒いてしまった情けないケンカの火種を後日消しに行ったのも、懐かしい記憶である。私が退職する頃には、自作の引継ぎ資料が数十ページになった。

 

…と、ありがちな自慢話はさておき、本題はここからだ。

 

 

私は前職も商社だったのだけれど、会社は一応「貿易」をしていた。

製品の輸出を担当できると聞いたときは、それこそ身の丈に合わない役回りが来たなと思ってワクワクしたものだった。しかしその実際のところは、「貿易」をしていたのは私達から買い取った製品を世界へ流通させている国内・外資貿易商社さんたちの方で、私達はただ為替と市況をちょこっと見て商社さんに販売する量を調整するくらいのものだった。たまに謎の英語の貿易書類に社長のサインをもらって送るくらいのもので、あとは日本語で事足りた。

 

 

私が出会った商社さんたちというのは常々パワフルでフレキシブルだった。

お会いするたびに私には想像もつかない世界の市況の話をしていた。オーストラリアはああだ、中国はこうだ。眩しかった。死ぬほど格好よく見えた。彼らは知的でパワフルで、個性的だった。生きている世界が違うと思った。決してたどり着けない世界に思えた。籠のなかの鳥だった私にとって彼らの仕事は喉から手が出るほどうらやましかったのかも知れない。

 

 

そんな日々のなかで、ある日社長が浅草、銀座の外資商社に私を連れて行くことにした。ショッキングだったのは台湾人の女性社長との出会いだ。スリムでファッショナブルで、話し始めると止まらない。「子供をもって働くということができるということを知らないでしょう、なんでもできるって知ってましたか?あなたなんでもできるのよ。あなたをここに連れてきたってことは、社長はあなたに期待をしているのね。」と力強く諭されたのを覚えている。

 

今会社の先輩たちは、「期待して連れてったばっかりにDanちゃんは夢を見つけてこっちに来ちゃったんだねえ…」と前職の社長を哀れむようなことをいう。

 

 

 

今だから正直に言えることは、世間知らずの坊主だった私は、やっぱり苦しさと同じくらい異動自体は誇らしかったということだ。

 

今の会社に入るまで、「規模の大きい」「管理的な」仕事ができていると勘違いしていた。転職をして初めてその情けなさを理解した。私たち蛙が前の会社でデカい顔をしてやっていた仕事なんて、今の業界、会社にとってはちっぽけで、単純で、小娘がハンドリングできるような規模のお話だったのだ。くしゅんっで終わり。

 

 

誰がが自慢に思っている仕事を誰かは小指で動かせる。

 

 

誰かが鼻高々に、もしくは命をかけて動かしたお金なんて、誰かはくしゃみで動かしちゃう。

 

 

そんなもんだ。

 

 

 

 

私は二十七歳を無駄にした。

 

 

ただ、世界と、自分と戦いながら無駄にした。

 

それだけは胸をはって言える。

(最近辛い案件が日々クローズしていくよ。いっぱいおっぱい僕元気ぃ。)

心と言葉の距離

今日は朝から私にしては珍しく本音と思われるようなどうでも良い嘆きがわんさか親指に宿りそうでありました。この記事を書きだした今では忘れてしまったようなどうでも良いこと。ああ!思い出した!「私はこの電車に詰め込まれて無為にTwitterを見ている時間が人生で最も嫌いなのに」と呪詛を書きつけたくなったのであった。それにしてもいわゆる本音と実際のアウトプットが直結している状態とはこんなにも心地よいのかと驚く。半面「普段どんだけ私は加工されてんねん」とぎょっとしたりした。わっちは書きながらなんとか生き延びよう。その決意を新たにしたぞ。w

 

先日は学生時代の言えない気持ちを卵とじ~お弁当につめ~…てはないけど心にとじこめた経験なんかも書いたけれど、書いて初めて当時のホットな問題もクールになったのだと気づいたりする。反対に、ホットなことをクールに書くというのは非常に困難な道のりだ。私達がクールに書くことができるのは、猫舌でも飲めるくらいにスープがほどよく冷めたころなのだ。

 

そうして思うのだけれど、恐らく読書会というのお互いのホットなプロブレムをクールダウンさせることができる凄い空間かも知れない。私達は本を通じて本の話をするのは勿論、個人の話も世の中の話もする。ある事象をこれまでにない角度で論じ始めたり、そんな気づきにみんなで水をやったりできる。そんな過程で一人では乗り越えられないかのように思える私達の脳みそのエラー、あの憂鬱な堂々巡りも、読書会は集合知とナラティブの優しい力で案外サクッとクールな記憶に変えてしまうかも知れない。

 

 

私達の心と言葉の間にはどれほどの距離があるのだろうか。

 

ある人はSNSにすべてを書きつけることができるだろうし、ある人はLINEで友達にすべてを垂れ流せているかも知れない。手段や頻度の差はあれど、心と言葉の距離を必要に応じてゼロにすることができたら。そんなスキルがあったなら、私達の心の躓きはどれだけ楽になるだろう。心と言葉の距離をつめるスキルは大切なのだ。…と私に言いたい。

 

 

私が今日心と言葉の距離をゼロにしたならば、何を書こう?

生憎、到底人様にお出しできそうな安全なものは出てこないのであった。

文化の同一性障害

新しい月がやってきた。

今日は久しぶりに仕事のこと、問題の同僚のことを書きたかったのだけれど、夜も深まった時分では少し骨が折れるのでまた次回。恐らくは間接的に障がいというものに触れるデリケートな記事になってしまうことだろう。その方なりの目線で必要とあれば私のことをdisrespectすることもできる「強い人」、(つまり咀嚼抜きに傷ついてしまうリスクのあるデリケートな状態にある方には読んで欲しくない)にしか読んでいただきたくないので、その旨はきっちり明記するつもりだ。

 

 

さて、月といえば、先日浅草で参加した読書会でモームの月と六ペンスを紹介した。

画家のゴーギャンから着想を得た小説といった風で、ちょうど海外留学前後に読んだので特に印象的な本だった。一般人のモラルが一切通用しない狂人的な天才画家ストリックランドの数奇な人生をみなさんとお話しするにあたって、文化の同一性障害という言葉を使って印象的な箇所を個人的な体験と合わせて紹介したときに、同世代の女の子がそのことにとても興味をもって質問してくれた。

 

「それは海外に行ったことをきっかけにある日突然気が付くものなのですか?どんな風に気が付くものなのですか?」と、文化の同一性障害という言葉をとても面白がってキラキラ尋ねてくれて、とても嬉しかったのだ。

 

例えば性同一性障害も、ある出来事をきっかけにある日突然女が男になっちゃうわけじゃないと思うのです。元々その方が土壌に持っている性質が日々の小さな世界とのすれ違いを経験して、やがて本人が抱えて生きてはいけない程の違和感や失望感が蓄積していく様な気がしてならない。確かに具体的な環境の変化をきっかけに一気に確信にいたることはあるかと思うけど、多くの方にとって「同一性障害」は日々の違和感と孤独の積み重なりの果てにあるんじゃないかな。生まれた場所、生まれもった体の形とはまったく別の形をした魂をもって生まれてしまうことがあるのだと思う。

 

月と六ペンスのストリックランドも恐らくそういうヤツで、ありとあらゆるものを繰り返し捨てて放浪するなかで、遥かタヒチという地にようやく安息を見出した。私は月と六ペンスを読んだころ、私の”タヒチ”へ行きたくて仕方が無かった。

 

予約が済んでいる分だけでも3件の読書会に参加する今月。またどんな出会いがあるものやら楽しみにしています。いつかは自分もそういう場所作りに着手したいと考えているので、そういう思いをもってして参加してみると、参加者のみなさん、主催者のみなさんのキャパシティ、企画力、何よりもその思いやりを尊敬するばかりです。

 

ゴッサムはお世辞にも美しいところとは言えません。正体が滲みでてしまった「社会人のコスプレ」をするくたびれた険のある人間であふれかえっています。嫌な言い方だけれど、あえて分かりやすく表現するならば港区ではお目にかかることが非常に難しいカラーの人たちが暮らす場所だと思う。でも、最初はあえてそこでやってみて、そこから下町へ移っていこうかな、なんて妄想してます相変わらず。

繊細で美しい世界と、

神保町の祭典で手に入れた獲物達の幸せな重みを背中にずっしりと感じながら地下鉄に乗り、隣の人に寄りかかっていなかったか不安になるほど激しくガクンッ!ガクンッ!と昼寝しながら家路を進んだ。ふっと目を覚ますと車窓から控えめな夕焼けと見慣れた最寄り近くの風景が…。間抜けに口をポカンと開けてました。日曜の夕方四時にゴッサムに居るなんてなかなか無いことなので、本を読みながら時計を覗いてははボーナス貰ったみたいに嬉しくなっていた。

 

 

 

嬉しい、まだ五時!

 

 

信じられない!まだ六時二十分!

 

 

 

…あれ?もう七時五十分…?

 

 

なんでいつの間にか八時半なのよッ!!!

 

 

 

 

結局あっという間でしたね。

 

そうしてただいま時刻は二十二時三十五分。

ウィスキーを飲みながらゆっくり「読みたい」思いと、私の頭のなかを地獄の様に渦巻き駆け巡ってこちらを苦しめては面白がらせている諸々を「書きたい」思いが二兆対立!その結果、私は結局飲みながら書くことを(しかし結局その後に読みながら夜更かしをする地獄のコースを)選択いたしました。

 

 

最近の私の脳内はアイディアにジャックされ、パッションにジャックされ、イシューにジャックされ、ホルモンバランスにジャックされ、忙しいらしい。それでいて相変わらずどっちつかずで結論が出ないことにハートのキャパをふっととられて落ち込んだりする。自分でもストッパーをかけないと、性能の良くない脳みそがどんどん悲しいテーゼを構築せんとするのだ。

 

 

 

 

そんな風に頭の電気配線がこんがらがって心の骨折をして修理がつかないでいるもののひとつのなかに、私が大好きだったものがある。

 

 

 

 

それはストリップだ。

 

 

 

 

書き虫の私でも自分がきちんとするまでは考えることをストップさせてしまわないと、脳みそがあっというまに中途半端なネガティブテーゼを打ち出してしまい、本当に本当に足を運ぶ勇気がでなくなってしまいそうで怖かった。なので、正直に言って避けてきました。しかも困ったことに、それをどうにもこうにも上手く言語化できないでいるのです。

 

でもでもでも、そんなこんなで躊躇っているうちに推しのお姉さんが引退しちゃったらどうしよう!そして、早く元通り幸せに彼女を観に行けるようになりたいという気持ちが溢れてきてしまって、性能の悪い脳みそはより一層のこと混乱を極めてしまったのだ。

 

そもそも私は、いくつかショッキングなことが重なった上にちょうど職業上で先に進む覚悟を問われていた時に「このままじゃ人生がマジでヤバい」と真剣にショックを受けて、ありとあらゆる悪あがきをはじめた。ずっとサボっていたレヅ活をはじめて、本当はちっとも好きじゃなかった二丁目に友達のおかげで飲みに行ったり、似合わないクラブに行ったりしていた。(実際問題あそこはこの世の楽園ですけどね)

だから、「今は劇場はお休みするけれど、きっと私自身がちゃんと前に進んで幸福になればまたふらっと劇場通いができるはず!」、そう信じていました。

 

 

 

けれど、色々なことが落ち着き…?いや…はじまり始めた今なら分かる。それはどうやら嘘だった…。私が気づきたくなかったこと。それは。

 

 

 

私にはストリップのお客さんになる能力も才能も、驚くほど欠けていたんです…。私が張り裂けるように辛くて認めたくなかったことは、自分がストリップのお客さんでいることから骨折して挫折してしまっていることに気が付いたことでした。

 

想像がつかないと思いますけど、自分がプレイヤーでもなんでもない世界、しかもただただありがたく応援させてもらっている世界でも、「ファンであることに挫折する」ということは可能なんですよ。(笑)

 

しかも挫折も挫折本物の挫折で、ぼろ雑巾のような気持になって泣き出したいくらいには悲しいのよ。だって、大好きでリスペクトしている人達が命かけている世界と自分の性格に1mmも相性がないんだよ。本当に申し訳なくて悲しかった。

 

しかも、それはステージやお姉さんたちとはてんで一切関係ない、その世界の仕組み的な部分に対してなの。シンプルに言ってきっと私は、ストリップのお客さんになるにはヘタレで無口でマッチョで人間嫌い過ぎたんだよね!(笑)「誰の手も借りない」と独立心が強すぎる、筋肉過ぎる性格だからさ、あの繊細な美しい世界と自分は”ぴったり”ではなかったんだあ。

 

 

 

ステージで活躍している方々が大好きだった。だから少し無理をしてでも、向かなくっても、全然合わなくっても、通うことができた。

 

 

けれど、「合わなかった」「よゆーで挫折した」ということを正直に受け入れてみると、そもそもの本質はストリップの運営スタイルとか収益の仕組みとか他のお客様の価値観やムードではなくて、踊り子さんと、ステージじゃん!!!って思った。ほんとはただただ観に行って良いはずの場所なのになあ。なんでストリップってそうじゃない仕組みなのー?!なんでそんなにダブルバインドなのー?!って、やっぱり疑問に思ったりしちゃいます…。

 

だけど、行けない理由をただ自分の状況だけに還元して「あと少し、もう少し改善」と先送るほど、上記に私がつづったような本当の心のトラブルは対峙されずに避けられちゃうわけで。このまま一生大好きな人たちを観に行けなくなっちまうぞ、と本腰を上げた結果がただ混乱したまま書いただけというウンコな状態なんですけど。

 

そう、混乱しているというのが大切な答えでござりました。

 

今日は終了私の葛藤の第一ラウンド。