Message in a bottle

1991年生まれ。読書、映画、音楽、アートが大好き。英語・トレーニングが最近のターゲットです。

一年ほど前に会った外資系の女性社長を覚えている

生まれて初めて国を出た時、私は二十五歳だった。

 

 

その数か月前のある日、私は社長に連れられて外資の顧客に会いに行った。

一日で東京を忙しなく回る。

銀座の一等地の路地裏にじめじめと建つビルから、IDカードを得意げに下げて歩く人で一杯の高層ビルまで歩き回って顧客に顔を出した。

 

しかし、緊張が連なるその日の邂逅の中でも、私に強烈な印象を残したのは、高層ビルの最高階で髪をオールバックにキメる大企業の取締役でもなんでもない。

それは、路地裏にじめじめと建つビルの中で戦う台湾の女性社長だった。

 

 

スリムで派手なファッションを着こなす彼女は口を開くと止まらない。

ルックスはとんでもなくモダンだが、ビジネスの場として不適切だと思わせない締まった緊張感が彼女にはあった。

 

 

世界の経済状況、業界動向、そして女性論まで、彼女の話は一切の淀みなく続く。

なまりを感じる日本語は彼女にとっては第二言語だろうけど、流暢でパワフル!

確かに伝わる。

気圧される程のエネルギーに感銘を受け、私はお会いできたことを幸せに思った。

 

 

そして彼女は、新米の私にも問いかけてくる。

「社長があなたをここに連れてきたということは、社長はあなたに期待をかけているのね。それじゃあ あなたが女性として働いて感じることはなんですか?」

 

それはまるで尋問の様で、私は下記の様な事をたどたどしく話したものだ。

 

「女生ということでドアオープンで厳しくされることはまずありません、しかし、それだけに女性であるということで甘くみていただける分、対等な相手としてお客様に信頼していただくことが難しくなります。理論的にお話して納得していただけるように、なお強く心掛けなければなりません。」

 

「へぇ~…!そんなこと考えてたんですね(社長 なんでお前が驚くねん…)」

 

 

なんとか彼女の試験に通ったのか…

その後の話ものびやかに聞くことができた。

 

 

 

さて、私は、二十三歳になった頃から自分を「若い」と感じることができなくなり、生き急ぐように焦っていた。早く経験と知識を積み上げ、自分の方向性を変えたかったのだ。

 

しかし彼女は「二四歳ですか?若いな、なんだってできる。私にはあなたの若さと可能性がうらやましい。なんだってできるんですよ、なんだって。子どもや家族を持ちながら働くことだってできるんです。できないと思うでしょう?できます。」と言った。

力強く、はっきり笑顔で私に向かって。

 

 

 

悩んでいた私に、淡い将来への予感が生まれてしまった瞬間かも知れない。

(ゴメン社長…)

 

 

 

ここまで思い出を書いてみて、職をいただいて仕事をいただけると言うのはつくづく幸福なことだと思う。

会社の顔として外に出して頂けること、経験を積ませてお金をいただけたということ。

日系企業で働いていた私は、契約的な雇用関係の世界は知らない。

生々しく、時には愚かな、生身の人間政治に支えられて短い勤めを終えたのだと思う。

 

 

願わくばもう一度、あの日の予感にあった真新しい商業世界をもう一度見たい。

その時には、高い英語力と他者理解力、もう少しだけ洗練されたルックスとマナーを身に着けて。違う私で戻りたいのだった。

TOEIC受験ー二度目を終えて

先月に引き続き、本日は私にとって二回目となるTOEIC試験がありました!

そして、ついに初TOEICのスコアを受け取りました!(ネット閲覧にて)

 

その結果は…恥ずかしいやら情けないやらであまり書きたくないのですが…今後目標へ近づく過程をどんどん公開したいという気持ちもありまして、正直に書きます。

 

結果は、590!(6/25)

 

 

 

 

果たして、どの程度の期間勉強してこんなしょーもない点数なのでしょうか?!

 

今後受験される方の簡単な参考になるように私の英語学習の背景を書くと、マルタの語学学校で約三ヶ月間General Englishを学び、TOEIC試験対策は寮に帰宅後の自主学習中に行う → 帰国後 約二々月間ネット英会話・自学を細々と継続…といった様子です。英語を本格的に始めて約五ヵ月~半年。

帰国してからの二ヵ月は体調不良と戦いながら将来を模索する我が人生暗黒の時代でしたので年金で言うところのカラ期間みたいなもののような気がしなくもないのですが(笑)、大枠は上記です。

 

 

さて!

かつて自分が25歳でバイリンガルを夢見、欧羅巴の外れまで飛んでっちゃった当初…私のTOEIC力は輪をかけて悲惨でした。

勉強開始時は文法問題を数問解いただけで疲れる始末。

読解については一日一文読むのが関の山…知らない単語だらけ。

リスニングも5~10問解いただけで驚く程疲れるのです。今でもあの強烈に不快なストレスは忘れません。

同じ英語なのに、Generalと違ってなんの喜びも感じられない日々。

 

そんなこんなで、TOEICがそんなに嫌なら別の英語試験に切り替えようか?しかし国内ではこれが基準なのだし、本当に英語力があれば解けるテストなんだからやらないワケにはいかない…!と、机に自分を縛り付けようと葛藤してきました。

 

しかし、留学までしてようやく受けた試験結果が珍妙過ぎたことや、TOEICスコアを伸ばすことの厳しさに直面するにあたって…

これまで消極的にTOEICを受けてきた私のお尻に「ウルァ~~~!!このままで終わってたまるかぁ~~~~~!!!!」と何故か火がついた。

TOEICだけじゃない。何故かあちこち、あちこちに火がついた!

バー――――ニング!!!!!

 

 

 

一念天に通ず。

 

 

戦略を立て、過程をチェックし、結果が出るまで強い意志でやり遂げること。

英語も、仕事も、ボディ・メイキングも同じです。

 

 

猫と車とビル

新生活が始まり、二週間が経ちました。

私は海沿いの第三セクターの会社まで、片道三十二kmの道のりを通っています。

沼ぞいの道を通ると蟹がサッと逃げていき、最近生まれた子猫ちゃんが集団で丸まっているのどかな田舎。毎朝決まって野菜炒め・出汁巻等を作ってお弁当に詰めて、豆を挽いて珈琲を淹れて車中で”キクタン990”を聴きながら向かいます。

 

IT研修室の温度は決まって25度で、暑がりの私はどんなに薄着でも湿気にイライラ。

でも、仲間とローカルトークに花を咲かせて食べるお昼も楽しくて、勉強になる毎日です。なんせ、久しぶりのフォーマルな日本人コミュニティーですから!

 

帰ると疲れ切っていて、自分をトレーニングと英語に向かわせるのは大変…。

この2週間はどれだけTOEICスコアアップ貢献に寄与する時間がもてたものやら。(笑)

しかし、会社員を思えばなんのその。

決まった時間に帰れる今の時期を利用しない手はない!元よりその為にこの選択をしたんや!…と、どうにか生活強度をあげようともがいている日々です。

 

帰国して以来先の見えない辛い時期が続きましたが、思い切って第二新卒の最後の時期をスキルアップにつかう覚悟が決まって、未来の理想も描けるようになって、前に向かえるようになってきたところです。

 

英語学習やトレーニングに関するエントリを書いたり、前向きに経過を残していけたらとは思っておりますが…いかんせん、ブログが適当過ぎて…ちょっとずつ、友達が面白がってくれるようなものを書いていけたら良いなあと思う。

 

私達が英語をはじめた日

「いつか英語に関する記事を書いてみよう」と思いながら、どれだけの月日が経っただろうか。英語学習に関する記事は既に掃いて捨てるほどネット上に流れており、初学者に近い私が今更書くことなどなにもないのだが…。

たまにはPDCAの過程をここに公開して、自分の尻を叩くのも悪くないだろう。

ということで今日は、Pの前段階のような記事。

 

 

そもそも、日本で教育を受けてきた私達にとって、「英語をはじめた日」とは何時のことでしょう。

習い事や塾で幼年期から英語に触れていた方もいるだろうし、小学校の授業で週に一コマくらいは英語を受けてた人もいるかも知れない。

そして中には私の様に「そういえば遊び半分の映像教材を随分見て育ったけど、アレって意味あったのかな?」という人だっているかも…。

 

 

当然ながら、大半の日本人は中学校~高校時代にかけて、記憶偏重型の知識つめこみ英語教育を受けて育つ。

「私達が英語を始めたのはいつだ?」を考えるにあたって、この嬉しいやら悲しいやら分からない私達の教育背景は、無視しようがない超ビックな事実だ。

私達は約6年間の間に曲りなりに文法・語彙を詰め込んでいて、それは世界的に見て決して恥ずべき量ではないようなのです。

何故なら俗にセンター試験・大学受験レベルの語彙は4000語」と言われているけれど、「4000語の語彙がある」といえば諸外国の友人から「ワオ!そんなに?!じゃあなんで君そんなに喋れないのHAHAHA!」と言われるに違いない。 ※嘘です

 

 

かといって、実際に日本人に「あなたの英語力はどれくらい?」と尋ねてみると、なかなかバラエティに富んだ回答が返ってくるだろう。

かつてティーンだった頃に受けた教育の遺産(知識量)が脈々と現在の自分に受け継がれていると言い切れる日本人はおそらく稀で、半数以上の人は「もう忘れちゃったよ~」と初学者気分でいるかも知れない。

 

 

長々と書いたけれど、まさに自分がそうだったのです。

自分は英語力0で留学したのだと思っていたし、ある意味ではその通りだと思う。

6年前のことなんて忘れたよ!だ。

※実際問題、渡航当初は文法も語彙もすっからかんでYesとNoしか喋れないし「そもそもなに言ってんのかわかんねーよ!」状態でした。

 

そんな私がかろうじて中級者クラスにかじりついてマルタYeah!英語Yeah!となれたことについては、フラット、そして休暇中の人間関係が地獄で悔しい思いでいっぱいだったからダッシュしたというのが間違いなく一因だ。

楽しいパーティの席で、携帯の翻訳ナシにはなにも話せないというのは、ちょっと本当に青ざめるレベルだ。

頭にあるものを有効活用できないのならまだしも、そもそも頭の中がすっからかんでなにもcome up withしてこないというのは、本当に辛い。

 

 

そして私は「あ…本当やばい…明日にでも、一刻も早くやらないとやばい…」と必死に語彙を増やしたのです。

もうそうしないと、どうにもこうにも、本当にどうにもこうにもならなかった。

なんにも言えなかった。

その経験があってか、当時はいつの間にか新しい単語を覚えることを楽しんでいました。そうして、いつの間にか語彙力は私が唯一どの立場の方にも認めてもらえる特性になっていた。

 

だけど、もしも受験英語の経験もなく本当に0からのスタートだったら、どう考えても同じ過程は辿れなかっただろう。遠い遠い昔に必死に覚えた単語を、もう一度なぞるから今度こそ記憶に強く残る。そんな風に再確認するように覚えた語彙・文法が沢山あったと思う。

 

 

 

それでも、この前フリを経ても!

あえて、私は自分の英語学習履歴は留学(2016年12月もしくは2017年1月)から数えたい。過去6年間の知識の貯金は大いに有効だったことを認めつつ、話す・書く・聞く・読むという本当の英語を学び始めた日を起点にしたいと思うのだ。

 

ということで、英語歴バブちゃんですが、どうにかこうにかダッシュしたい。

アメリカで人生を取り戻した私の先生の話

https://www.instagram.com/p/BUrE8XLld_b/

 

このままだと私は「海外生活雑学ファン」になる…

1日あたりのアクセスが3しか無いブログ運営によって数円の広告収入を生むか生まないかすら怪しい(多分生まない)田んぼの横の下水路のような存在になってしまう。

忙しいこと、充実していることが大好きな私の人生の岐路に差しかった静かな試練である。

 

アメリカ・イギリス・オーストラリア3国については学費バブルと称される学費の高騰が起きており、遂には本当に選ばれし富裕層の世界へと年々変貌しているそうだ。

 

学生時代から心の奥のなかで光っていた大きな夢。

私は、第二言語を用いて意識の高い学生の中で単位をかけてサバイブする海外の大学院生活に強い憧れを抱いていた。

 

 

きっかけはゼミの教授だった。

 

彼女の授業は新入生向けでも厳格であることで有名で、授業は明瞭で期末試験も歯ごたえがあった。緑色のドレスに紫色の髪。ことあるごとに「アメリカでは~」と遥か米国の学生事情を引き合いに出してくるのだが、それと同時に「アメリカのBoy Friend」が口癖の、可愛い先生だった。

 

 

そんな先生の経歴は、目を見開くものである。

 

彼女は学部を卒業後、大学のカウンセリングルームで働いていた。

しかし、自信の無さが日に日に膨らみ、遂には同僚の悪口が聞こえてくるようにまでなって退職。

2年に及ぶ人生模索期間を経て、現代の来談者中心のカウンセリングを創ったカール・ロジャースのワークショップに背水の陣で挑んだ。

それが彼女の転機だった。

そこで出会った海外の仲間が「あなたからは東洋のパワーを感じるわ」と彼女を認め、励ましたのだ。

最終的に、彼女は見事ロジャースの推薦で奨学金をハントして、アメリカでPhDを獲得した。

 

1000人に1人のサクセスストーリーだと思う。

 

 

 

通常ゼミは2年制だが、彼女は定年退職を迎える為に1年間しか我々学年のゼミを担当することができなかった。つまるところ、彼女のゼミを選択すれば、4年時の卒業研究は別の教授のゼミになるわけだ。当然、誰も行きたがらない。

そこにたったひとり応募した変人が私ということである。

 

 

 

私と紫色の髪をしたアメリカンな先生の、マンツーマン研究生活のはじまりだ。

前述のとおり、アメリカ帰りの先生はなんでもアメリカを引き合いにだした。

アメリカは論文の手法に厳しく、論文の書き方だけを記した厚いテキストに沿って書く必要があるとのこと。また、どれだけ厳しくアメリカの学生が勉強させられるか、等。

指導は細かく厳しかったが、上等である。それを求めて入門したのである。

 

この1年間がどれだけ私をワクワクドキドキさせ、励ましてくれたかはここに長々述べる必要もないほどである。

私の情熱を認め、私自身を認め、喜んで伸ばしてくれる先生だったのだ。

今でも私の健全なアイデンティティの形成を彼女が助けてくれたと思っている。  

 

https://www.instagram.com/p/BUrE8P-liGf/

 

 

 

このままだと海外雑学王ニートになる!と思った今日、部屋で「限界だなあ」とつぶやいた。離職期間がいたずらに伸びていく。

 

そしてこの記事を書き出してみたら、思い出すのはアメリカンな先生と追いかけたアイデンティティ研究のことだった。

私は当時、ジェンダーもしくは過去に焦点を当ててアイデンティティの形成を研究したが、今の私の興味関心はもっと未来へ放射状へ伸びていくものだ。

自分自身が一本になるあの瞬間の自信に満ちた喜びや、未来へ歩いていくアイデンティティのこと。

 

少し過去の実績を振り返ってみようじゃないか、とレジメなんか引っ張り出してみた。

先生との1年でワクワク作った膨大な資料がそこにある。

 

 

過去は変えられない、だから良いのかもしれない。

こうして数年の時を経ても、やはりそこにルーツはあるのだ。

 

どうして君はそんなところに【捨てることが大好きな私がどこにでも持ち歩いたノート】

Evernote、i Cloud、One Note―――

そしてMoleskinを知らない”意識の高い”ビジネスマンはいない、そんな気がする。

 

 

思えば一時期、ノート術と筋トレがビジネスマン向け書籍のトレンドだった。

そいつらはプラスチックの甘い香りのする新書店に並べられて、「迷えるそこの君!デキる男になる為の確実なルートはここにあり!」と表紙で断言しては私達心の弱いジャポンの社畜に淡い希望を抱かせる。

 

まんまと野口氏を1、2枚アルバイトの店員に差し出して疲れ切ってビールを開けた頃に我々が気がつくことは、当然ながら紙切れに成功の為の普遍的な真理など書かれているはずはない…ということだ。

分かっている、知っている!答えは自分達で見つけ出すもの!

だがせめて、その書籍なりの結論は書いてあると思うだろう こりゃ詐欺かいな?!

 

―――と思うが、これもまた困ったビジネスである。

 

 

いつもながら長くなるので、前略します。

 

 

 

 

 

さて、Moleskinは一風変わったマーケティングで生き残ったノートです。

 

ピカソゴッホが愛した伝説のノート。」

https://www.instagram.com/p/BUn1DG0lNYL/

有名なのはブルース・チャトウィンのエピソードですね。

彼は著作「ソングライン」のなかで、「何を無くそうがノート、このノートだけは駄目だ!このノートだけはなくせない!」と悲痛な思いを書き綴っていたそうですから、村上春樹と意識の高いライフハックが大好きな清潔な先進国ジャポンにはびこるモレスキンマニアの先駆者的存在であったことは間違いないと思います。

 

 

しかし、気の毒なことにチャトウィンは絶望的な状況に見舞われます。

なんと、フランスで販売されていたこのモレスキン、発売中止になってしまうのです。

発売中止から約10年の時が流れ、イタリアのとある会社が再販したのが現在のモレスキンちなみにどうやら大部分が中国製である。

 

しかしこのノート、都会のこじゃれた文具屋や本屋に行けば必ずと言っていいほど片隅に並べられている。驚きの定価はと言うと…

 

 

ノートブック 商品一覧 / Moleskine Online Store(モレスキンオンラインストア)

 

 

2160円!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

Moleskine Pocket Squared Notebook Classic

Moleskine Pocket Squared Notebook Classic

 

 

 

 

 

おかしいよね?でも売れてるんです。

しかももう元祖モレスキンは店じまいしちまった訳ですから、今売られてる商品はピカソゴッホが愛用したものとはかけ離れている可能性も否めない訳です。

ムキ―――――――!

 

 

 

…と、散々叩いたところで本題です。

そんなモレスキンにまつわる黒い噂は数あれど、私はこのノートを愛用しています。

時には知識を、時には思い出を記録しています。

 

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奇妙な完璧主義の所為で、途中でちょっとでも気に食わなくなるとペイっと捨てちゃうこともあったんですが、それでもキャンパスのノートをまともに使い切ったことが無い私がず~っと相棒の様に持ち歩けて使うことができた。

今、4代目です。驚きと喜びを感じています。

 

 

定価で買うと高いのですが、こちら、Amazonで買うと1200円程度で手に入るものも。

 

Moleskine Pocket Squared Notebook Classic

Moleskine Pocket Squared Notebook Classic

 

 

ちなみにマルタとイタリアでは10.9€(大体 為替122~4円)で売られていました。

日本、高すぎです。どんどんAmazonで輸入版を購入して不買運動しましょう。

日本では見たことの無い色合いで、どんなに胸が躍ったことか…。

 

 

さて、一体このノートの何が良くて使い倒しているのだろう。私。

目新しいことは無いけれど、長所短所一緒くたにして書いてみますね!

 

1耐久性…田園にそびえ立つゴリラを想像してください。ゴリラは毎日ノートを片手に走ったり書いたり読んだり飲んだり走ったり…キャンパスノートは1日でめちゃくちゃです。私のようなゴリラの酷使に耐えうるのはそう君、君だけ。

 

2高級感…長く愛用するには嬉しい質感です。表紙は滑らかに光って、紙質も逞しく感じられます。但し、きちんとした工場で作られた製品を経験した人からすると、今はびこっている中国製のモレスキンは紙質が悪く裏移りするそうです。当たり外れがあると聞きます。

 

3機能性…小さなことだけど意外と便利なのが、モレスキンの裏にポケットがついていること。大切なものを入れておけるし、一時保管できる。そして、表紙を止められるバンドがついていること。表紙に万が一紛失した時の為に住所と謝礼を書く欄があること。ユーモラス。

 

4芸術性…これがマーケティングブランディングの成功例なのでしょう。モレスキンとは自由な心を、あなただけの生活をお洒落に保管できる場所。このノートを飾るのはあなた自身!…というストーリーを、モレスキンが付帯していることでしょう。

 

5多様性…ラインナップが豊富です!ハードカバー、ソフトカバー、カラー、タイプ…方眼もあれば無地もある。色々なタイプを表現にあわせて選択できるでしょう。

 

 

もう今さらモレスキンになんて言及しなくても、素晴らしいノートを公開されている方がいくらだっているじゃない!と思いつつも、切っては切れないこのノートについて書いてみました。

 

私がこのブログを更新することに費やした時間を計算したくないなと思いながら去ります。もっとラフに行くよ。次からは。

 

心の小さなブラックホール【喪失感の受容過程】

なんと初エントリーです!Haruoです。

その初エントリーが「喪失感情の受容過程」……

 

暗ッ!地中海の最果てに留学していたのだから、いくらでも楽しい話題があるでしょ!…という声が聞こえてきそうですが、いえいえ、これは、実は人が悲しみから幸福に至るまでのハッピーな記事。だと思う。のです。ちなみに3000文字。

 

 

正直な切り口から、この記事を書くにいたった成り行きを紹介します。

それは私の心に開いた小さなブラックホールの話です。

もしも純粋に喪失感に関する知識を求めている方がいたら、以下の部分はオマケということで読み飛ばしてしまってください!

 

 

さて、私は長年Twitterをやっています。(@dntbooks)

①情報をキャッチしたり、②自分自身も発信したり、③心の整理の為に頭のなかでおびたたしくあぐねている百鬼夜行を実況したり(要するに人さまの言うところの'メンヘラ')

することに癒されおり、このツールは生活に欠かせないものとなっていました。

 

 

しかし、帰国して3週間くらい経った頃かな。

なんだかおかしい。どうにもおかしい。

書けど暮らせど、答えがでない。

台風の様に意見が変わり、白だったことが、ある日、黒になる。

なんだか胸に石が詰まっているみたい。

ううん、ふさがらない穴が凄い勢いで私のことを飲み込もうとしているみたいだ!

過食症の女の子みたいに、一番楽になれる答えを求めて心がすべて食らい尽くそうとする。

Aだ、Bだ、いややっぱりCだ!

……それは、心も時間も搾り取られる混乱だった。

 

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そうしてある日、読み書きが大好きで何年もTwitterを重宝していた私が、「私を見知っている現実の友達とここで繋がっていてはいけない」と緊急避難するほど、しんどくなってしまったのです。

 

 

そして私は、その混乱をただ無視して戦うことにしました。

生活を良質にコントロールし、自分自身の将来にフォーカスを当てる。

怒りや悲しみが押し寄せてくるのに踏んづけて、口を押えて黙らせた。

情報は命だ。効果的な履歴書を書くんだ。知識を身に着け、軸をもつ。

それが、私の仕事だ……二度と失敗は許されないぞ……。

 

ああでも、何度ケチらしても憂鬱が私を引き戻してくる。

 

私は今、取り急ぎ本格的に国内企業に応募を始めています。

職業人になる訳ですから、甘い過程では無い筈。

私自身の人間性・能力・志向性等を企業に伝える為に、「4ヵ月に渡る留学」というのは履歴書上でも無視できない重要な過程です。

 

・一体なにを得たのか?

・なにを考えていたのか?

・私の留学生活の実態は、なんだったのか?

 

 私自身が一番に4ヵ月の結論を理解した上で、それを効果的にアピールしなければならないのに、困り果てました!私になにが起こったの?!

 

 

 

そうして今朝、

自分の心の穴に開いた穴の大きさ、激しさを認めざるを得なかったのです。

 

 

間違いない。

この感情を私は知っている。

とっくの昔に克服したと思った筈の心のブラックホールだ。

 

 

 

 

これは重大な問題感情だ。

もしかして、私にはマネジメントできないような代物かも知れない。

一体、何が、誰が、この問題の解決方法を知っているだろう?

しかし、私が助けを求めるとしたら臨床心理学の世界に違いない。

ミイラ取りがミイラになっちまったみたいだ…。

 

 

だけど、私のこの心の問題は

投薬を要する精神医学とは別の分野であり、

まさに人間が生きている中で生じる人生・心の問題です。

 

一体どのジャンルにこの答えがあるんだろうか。

 

分類の分からない自分の激しい感情と共にぽつぽつネット検索していくうちに、「怒り」と「喪失」というキーワードが私のなかに浮かんできました。こ!れ!だ!私が感じていた気持ち!

 

 

…うをーいッ 長かったけどこっからが、そんな私が必死にかき集めたチップです!

 

 

 

キューブラー・ロスの死の受容過程と喪失感情

 エリザベス・キューブラー・ロスは終末期医療を専門にした精神科医です。

著作「死ぬ瞬間」は世界的なベスト・セラーであり、表題の死の受容過程はあらゆるシーンでとりあえられているので、ご存知の方が多いでしょう。

 

曰く、人は死に直面すると下記の過程を辿る。

また、喪失体験からの回復プロセスも、同様だと言うのだ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①否認(Denial)

理屈では事実を受け入れようとするが、心の理論では到底受け入れられずに否認する。

 

(ex むっちゃ楽しかったわ~マルタ~!いや、えっちょっと待って、なんで、マジ本当無理なんですけど、悲しいんですけど、いやそんな筈ないんですけど、)

 

 

②怒り(Anger)

事実は受け入れた。だけどその理不尽さが許せない!

 

(ex どうして?!どうして私のフラットメイト変態だったの?!しかも私○×△◆…自分の留学生活に対する未練、後悔、失敗を許さない!怒る!)

 

 

③取引(Bargaining)

喪失が問題の場合、藁にもすがる思いで、別の答え・選択肢に縋る。

また、自分の金銭を全て捧げるから命を…等と神へ祈る。

 

(ex いや、でもほら、英語頑張ったし、あの人達と出会えたし、良いことがあった、悪く無い、悪く無い…Danは心と悪魔の取引を始め真実を歪めはじめた…)

 

 

➃憂鬱

上記の全ての過程を経ても、思う様な結果は当然得られない。死は訪れる。

喪失対象は二度と戻らないことに、ひたすら打ちひしがれる。

 

(ex すべての時間、すべての思い出、すべての人間関係はもどらない。私がマルタで得られなかったもの、得たかったもの、失いたくなかったもの、すなわち私の失敗は永遠にもどらないのだ…罪と罰。おまえも私も豚畜生!!!butatikusyou!!!)

 

 

➄受容

自然を受け入れ、不条理を受け入れ、心に平穏が訪れる。

 

(ex でもすべての瞬間に感謝しよう。失敗したけれどベストをつくしたのだ。ありがとうみなさん…ありがとうマルタ…I love you...See you ...See you…I will die...)

 

 

この死の受容過程ですが、exで挙げたように、

”喪失感情”においても同様の過程を辿るというのです。

これがキー。

喪失とは、健康や人間関係に限定されたものではないのです。

「失敗(あり得て欲しかった未来を喪失したこと)」も含まれる、ということ。

 

 

 

これが今回の私の屈折が複雑怪奇を極めてしまった理由でした。

私は同時に複数の対象を望まない形で喪失していたのですが、どうしてもそれを受け入れられなかったのです。

 

 

◆喪失感情から立ち直る為に知るべき4つの感情

 

簡単なフレームワークの様な、否、フレームワークですら無いシンプルな自己内対話です。前述のように、喪失から回復する過程には激しい感情を経験します。

カオスに渦巻く感情を受け入れていく為には、自分のカオスの正体を見破らなければなりません。

我々 喪失体験という苦しい執着心を手放せないヤンデレ抱く感情として、可能性大なのが、以下の4つの感情。互いに相反し、矛盾する。4種類の激しい感情です。

 

○悲しみ

○怒り

○喜び

○感謝

 

単純ながら、これを何度も書き出して可視化していくこと。

 

 

そうです、何度Twitterに書き連ねても答えが白黒裏返ってしまい苦しかった私は、そもそもの根幹のところで4つの矛盾した感情で混乱していた訳です!

 

はじめます…今日から…書きます…マルタへの愛と憎しみの手紙……

 

 

 

必死にぐぐり臨床心理学に触れたことで、元気にTwitterに戻ってきました。

ありがとう、ありがとう臨床心理学。

今私のフォロワーには現地で知り合った愉快なお友達がいます。

 

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