From Country Side to ...

1991年生まれ。英語・トレーニング・健康がターゲットです。読書、映画、音楽、散策が昔から趣味。現在はフィリピン マニラに留学中。

すべてのはじまり マルタからフィリピンへ

 

 

 曲がりくねった道を静かに遠回り。

私は2016年12月に日本を発ち、約4か月間を地中海の絶景で過ごしました。

それまで海外に出たこともなく、飛行機もまともに乗ったことがなかった私が、中東でのトランジットを経て24時間を超えるフライトを楽しみ、その小さな島に到着しました。

 

元々文系で、読むこと・書くことは大好きでした。

しかし、英語を学ぶことは大学受験以来。

 

私が通っていたのはGV Maltaという小さな家族経営の学校で、ちょうど新しい授業プログラムを試す為に料金設定を格安にしていました。

年齢層も高く、勉強するには適していると入学を決定。

 

クラス分けの為のレベルテストはネットを介したもので、子供騙しの様な選択問題と簡単なライティングを受けるのみ。

自分の知識に対してワンランク下げたクラスでスピーキングを鍛えたかったので、ちょこっと飛ばして適当に受験。

Pre-Intermediateクラスでの学習がはじまりました。

 

 さて、過程は長くなってしまうので今回は割愛。

 

甘い匂いが漂う不思議な国。

英語に出会い直し、澄んだ海辺でそれに向き合って贅沢に堪能する毎日でした。

「英語で英語を習うなんて人間業じゃない!できるわけねえ!」と思っていたのですが、私を最初に担当してくれた先生は全校的に信頼が厚い、素晴らしい先生でした。

はじめて彼女の授業を受けた時、「これで間違っていなかった!」と確信。

 

自分自身の適性。

そして、英語をマスターした場合、その投資に対するリターン。

実感することができました。

フラットメイトとの摩擦など苦しいきっかけも重なりながら、私は駆け足でスポンジの様に語学を吸収せんとしました。

また、同じクラスに日本の女子高生の子がいたのですが、彼女はすました顔でガムを噛みながらクラスで要求される知識をほぼ完ぺきに有しているという状態だったので、大変刺激になったものです。

そうして、私のクラスは日本、イタリア、トルコ、 スロヴァキア…という国籍構成で始まりました。オフシーズンで人が少なく、勉強するには良い環境でした。

 

 

 そもそも、前職では顧客に中国・台湾人の方がいましたが、私の異文化体験といったらその程度の希薄なものです。

前評判通り、マルタの語学学校は私が通っていた田舎の小さな学校でも国籍は多様でした。

思えばとても人前には出られないレベルの英語力で、お互いにしか通じないジョークなんかも楽しみながら、おいしいワインをみんなでワイワイ開けることも多々。

心の内側を語り合える日本人のお友達とも出会うことができて、もしも私が「異文化体験」だけを目標に留学したのであれば、実りのある体験だったと信じて疑わないのかも知れません。

私自身も、実際そうでした。

この日々は大きく私を育てて守ってくれた、と、信じておりました。

 

 

しかし、帰国した後、私に襲い掛かってきたのはかつて経験したことのない失望感、絶望感、迷い、ゆらぎ…。

今となってみれば、要するにそれは、幼いころ、夢の中で出てきたスーパーボールを握って必死に現実に持ち帰ろうとしたけれど、目を醒ませばやはり手の中から消えている。そんな体験に似ていたかも知れませんね。

 

 

そういった天国と地獄を行き来して長い間苦しんだ経験から、留学や語学学習(TOEIC対策)について自分の失敗経験をシェアしたいと思うようになりました。

遂に明日からマニラでの8週間が始まることを機に、少しずつ発信を始めたいと思います。

 

  • 8週間の目標

1 TOEIC 680 → 800へ

私がマルタへ発った頃は、高校卒業程度の語彙と文法をかじったことがあるのみの初心者でした。帰国する頃にはもうすぐ’Intermediateの教科書が終わる’というレベル。

もうあと2~3週間あったらな、と悔しい思いで帰ってきました。

 

間抜けなことにTOEICの申し込みをきちんとしておかなかったせいで、帰国2カ月後の6月25日にTOEICを初受験。

リスニングパートでは模試とは別世界の複雑な会話内容に打ちのめされ、却ってきたスコアは590でした。

 

私個人としては、目を見張る成長かも知れません。

私がTOEICの学習をはじめた時は、ものの数問の文法問題を理解することに何十分もかかる勢い。長文なんて、1日1つ読んだら疲れてしまいます。

そもそも英語の質問を1時間聞き続けることはおろか10分でも辛いので、推定スコアは200以下です。

 

 

 

そうだとしても590というスコアを履歴書に書けますか?仕事でつかえる実力ですか?なぜ行ったのでしょうか?なにをしに行ったのでしょうか?

 

 

 

大金と職歴の間を作って帰国した私の手に残ったもの。

それは英語の実力なんかじゃありません。

ただの海外と英語世界への扉です。

それは開ければ開きますが、閉じてしまえばそれで終わり。

旅行で終わりなのでした。

この過程を成功にするのか、失敗にするのか。

それは今後の私の行動にかかっている。私はそう決心しました。

俺は就職の最低限の基準まで、ビジネスレベルまでぶちあげるぞジョジョーーーー!!!!

 

※考えの浅はかだった私がどれくらい途方に暮れたか、少しは想像していただけたでしょうか…(笑)いまでも浅はかなんですけどね。

 

 

 

 

2 職場復帰の為の肉体改造

かねてから心身症で心を体でひっぱり、体を心でひっぱるようにしていました。

具体的には、朝方の生活習慣と、心の声を聞いて食べることと、トレーニングの継続です。

私はこれをもう10年近く続けていますが、もともと虚弱な心身のなかに不思議な向上心と冒険心と功名心をもったこの厄介な人格を健康にコントロールするのは実に大変です!(笑)挑戦も、間違えばあっという間に逆の方向に振れてしまう。

 

人は見た目が9割」だなんて表立ってささやかれていますけれど、私もアピアランスは重要だと思います。

私は、「今後この容姿で自分を伝えたい。活躍したい。」と思える見た目を作って帰国し、再就職先でもタフにパフォーマンスを保てるようにするつもりです。

 

 

 

以上、簡単な経緯と8週間への意気込みでした!