Message in a bottle

1991年生まれ。読書、映画、音楽、アートが大好き。英語・トレーニングが最近のターゲットです。

一年ほど前に会った外資系の女性社長を覚えている

生まれて初めて国を出た時、私は二十五歳だった。

 

 

その数か月前のある日、私は社長に連れられて外資の顧客に会いに行った。

一日で東京を忙しなく回る。

銀座の一等地の路地裏にじめじめと建つビルから、IDカードを得意げに下げて歩く人で一杯の高層ビルまで歩き回って顧客に顔を出した。

 

しかし、緊張が連なるその日の邂逅の中でも、私に強烈な印象を残したのは、高層ビルの最高階で髪をオールバックにキメる大企業の取締役でもなんでもない。

それは、路地裏にじめじめと建つビルの中で戦う台湾の女性社長だった。

 

 

スリムで派手なファッションを着こなす彼女は口を開くと止まらない。

ルックスはとんでもなくモダンだが、ビジネスの場として不適切だと思わせない締まった緊張感が彼女にはあった。

 

 

世界の経済状況、業界動向、そして女性論まで、彼女の話は一切の淀みなく続く。

なまりを感じる日本語は彼女にとっては第二言語だろうけど、流暢でパワフル!

確かに伝わる。

気圧される程のエネルギーに感銘を受け、私はお会いできたことを幸せに思った。

 

 

そして彼女は、新米の私にも問いかけてくる。

「社長があなたをここに連れてきたということは、社長はあなたに期待をかけているのね。それじゃあ あなたが女性として働いて感じることはなんですか?」

 

それはまるで尋問の様で、私は下記の様な事をたどたどしく話したものだ。

 

「女生ということでドアオープンで厳しくされることはまずありません、しかし、それだけに女性であるということで甘くみていただける分、対等な相手としてお客様に信頼していただくことが難しくなります。理論的にお話して納得していただけるように、なお強く心掛けなければなりません。」

 

「へぇ~…!そんなこと考えてたんですね(社長 なんでお前が驚くねん…)」

 

 

なんとか彼女の試験に通ったのか…

その後の話ものびやかに聞くことができた。

 

 

 

さて、私は、二十三歳になった頃から自分を「若い」と感じることができなくなり、生き急ぐように焦っていた。早く経験と知識を積み上げ、自分の方向性を変えたかったのだ。

 

しかし彼女は「二四歳ですか?若いな、なんだってできる。私にはあなたの若さと可能性がうらやましい。なんだってできるんですよ、なんだって。子どもや家族を持ちながら働くことだってできるんです。できないと思うでしょう?できます。」と言った。

力強く、はっきり笑顔で私に向かって。

 

 

 

悩んでいた私に、淡い将来への予感が生まれてしまった瞬間かも知れない。

(ゴメン社長…)

 

 

 

ここまで思い出を書いてみて、職をいただいて仕事をいただけると言うのはつくづく幸福なことだと思う。

会社の顔として外に出して頂けること、経験を積ませてお金をいただけたということ。

日系企業で働いていた私は、契約的な雇用関係の世界は知らない。

生々しく、時には愚かな、生身の人間政治に支えられて短い勤めを終えたのだと思う。

 

 

願わくばもう一度、あの日の予感にあった真新しい商業世界をもう一度見たい。

その時には、高い英語力と他者理解力、もう少しだけ洗練されたルックスとマナーを身に着けて。違う私で戻りたいのだった。