Enter The Void

1991, Tokyo. A trader from the country side. Book

焼き肉を焼きながら油田の夢を見る

「言葉にできない悲しみは自分で乗り越えていくしかないのです」と言ったのは誰だったかな。


コンチクショー!!と焼き肉を焼きながら半泣きでここ一カ月の変化を思う。
年頃の女がすっぴんで目に涙をにじませながら肉を焼いているなんて、見るに堪えない痛々しい光景だ。
最後の夜なのでやけっぱちで酒までつけてみた。

だけどきっと、ここへももうこない。
そんな風に変わりゆくライフステージのなかで、少し愛しく過去を思う。

こうして繰り返す出会いと別れの中で相手にどこまで伝えるべきか測り兼ねることがあるように、なにを語り、語らざるべきか、普段からしょっちゅう沈黙してしまいます。
さて、私の場合。
どうしても慌ただしくなる前 最後に握手しに行きたい大好きな人がいたということでした。


「本当は病気を抱えていて今日が最後の観劇になるけれど、そのことを私には黙っているという人もいるかも知れない……だから私はどんな怪我をしてもステージに立ちたいのです」と言った人。

私はこの言葉を聞いたとき、「ああ私達の大好きな人はちゃんと私達のことをわかってくれているよ」、と救われた想いがしたのでした。






時は2018年の11月。
ジムで走りながらある日ポカンと「急に暇になったな…」と思ったことを覚えています。飽きたなあ、と。

留学を終えて入社した会社はHeadquaterはNYの会社で、オフィスにはありがちな人工的な緑があればスポーツ選手のサインやポスターがあるベンチャー風土の強い会社でした。
かつてのウラ社訓は"Work harder, play harder."
今では信じられませんが、かつては「狂ったように働き馬鹿みたいに遊べ!」という、若さに溢れた会社だったようです。
その信条が気に入った私はあっという間にパク………いいえ、踏襲し、入社時の信条は"Working harderst, play harderst." でした。色々飛び越えて最上級!

しかし、そうして活発にしていたのも束の間。あっという間に退屈な秋はやってきました。

なにか直接的なきっかけがあったわけではなかった。
ただただ、元々出ていきたいと願っていたこの国に帰って、最早 誰かと心から楽しく笑いあうイメージができなくなってしまっていたというだけのことだった。
(そのことがどれだけ深いボトルネックになってしまったか、後から思い返せばゾッとしてしまうレベルなのだが。)




私が最初にStipを観たのはちょうどそんなタイミングでした。
あれから既に半年以上の時が経ち、なんなら足早に一年経とうとしています。

Stripの世界では、ある日突然人気絶頂のダンサーが消えてしまうことがよく起こります。
お別れを言えるだけ幸福であり、いつが最後になるかは分からない世界かも知れません。
そうして彼女たちのライフステージに唐突な変化があるように、やはり私達ファンの人生にも突然の変化は訪れます。


ある日突然、私たちの”昨日まで”と””今日”は決定的に運命線を隔てるのです。


その決定的な隔たりは、私たちの心のなかに閃く悟りのように精神に生じる場合もあれば、入院、破産、転勤、離婚……というように社会状況に生じる場合もあります。
誰もがみんな そのバーの扉や、フロアの階段、映画館のチケット台を一歩でてしまえば、個々人が主役を生きている普段のドラマへ帰るのです。
そういった個人のひとつひとつの事情を演者に伝えることは当然ながらないこと。それが定石なのです。



先月、上司が私を外国パートナーとの渉外に同行させたことがありました。
その現場というのは私の会社観や業界観をすっかり変えてしまうくらいインパクトのあるもので、ふたりは豪奢なビルへ果敢に突っ込んでいって日本のエリートと途方もない規模の話をしている。

そんな同行の後は丸の内の方で各国から集まった支社長さんや取引先を交えて会食。
なんだかまるで映画の世界に来てしまったようだとプレッシャーで胃が痛くなりました。私がいたのはこんな世界だったのか。私がこれからいくのはこんな世界なのか。
平凡な小娘 世界とたたかう…………。本当に行く気か?本当にやるのか?


そのちょうど同じタイミングで、私生活でも頭上にスコーーーーーンと桶が落ちてくるような、一気に世界観が変わってしまう出来事がありました。

清々しいほど溺れる人間藁をもつかめない状況にある自分。
痛感させられたそんな事実にもまた二重にガツーーーンときて、もう言葉が出てこない。
自分の心が激しくグラグラと揺れていて、それでも震源地が突き止めきれないような日々が暫く続き、毎日悪夢に魘されていました。


そんなとき、もう一度一歩踏み出してみようかと青天の霹靂で池袋にある懐かしのWomens only barへ足を運んだことが状況をすっかり変えるきっかけになりました。


そして仕事に対する答えは、YESでした。
会社が仲間でいることを望んでくれる限り、私の体がもつ限り、そして私がそれを望む限り、私はゆきます。
王様目指してゆきます。




私が最後に望むことはあの日のまま、いつものまま、明日も今日と同じ日常が続いていくかの様に手を握っていつもの挨拶をすることです!
ただそれさえすることができたなら、私は優しい若い日の青春の思い出を抱きしめながら、もう同じ若い日々が二度と訪れなかったとしても、未来を受け入れることができるでしょう。なにやら深刻な空気間の滲む投稿ですが、そうではないのです…むしろようやくこんな当たり前のことを書けるようになったのです。
少年だってスーツを着るようになれば、幼稚園生が白血病で亡くなることもある。ただそれだけのこと。


そういう世界で生きて、私はあなたのおかげで素晴らしいStripの世界に出会うことができた。
人生のほんの一時、世間から身を閉ざして生きていたころ、私はおどりこさんたちのパッションを一心に浴びていたのでした。
だからこれは決別の手紙なんかではなくて、彼女と大好きだった世界への変わらぬラブレター。


この世でプレイヤーであり続けることを祈り執着している私の道が形になったなら、きっとまたいっぱい会おうぞ。
…なんて、これからも変わらず通うんですけどね☆

私の尊敬するヘタレズの仲間たちの一人が言いました。

「親友の決断を見て思った。決断とは決めて断つこと。あちらもこちらもは何も決めていないことと同じなんだなあって。」


実際には訪れぬ別れをこうしてひとりごちることも、けじめ。救いだったりするのです。
本当は決して知らされることのない、私の別れの愛の手紙。