Enter The Void

1991, Tokyo. A trader from the country side. Book

一刻、一刻

湿気深いこの国らしい執拗な低気圧が去り、明日から地中海気候がやってくるのではないかと期待しております。

 

 さて、本日は両親がかつての同僚宅で開催された懐かしい集会の為に上京していたので、合流して思い出の中華料理屋さんに行っていました。 

父が片田舎から都庁の方まで通勤していたころ、同じく私も大学生で遠路はるばる通学していたものです。

たまに合流して下町の安いお店に連れてってもらっていたのは当時の懐かしい思い出で、そのうちの印象的な一軒が綾瀬に暖簾を構える”たまき”というお店でした。

(検索除けを駆使する私もあえて名前を出します。繁盛して欲しいからね☆)

 

しいたけでだしをとった優しい野菜の塩ラーメンに必ずきゅうりと大根の漬物を出してくれ、お店を営んでいる老夫婦が醸し出す清らかさが父と私のハートをぎゅっとつかんでくれていたのであります。

最初は父と同伴していたものの、部活を終えてから遅く茨城の片田舎に帰る道中お腹を空かせて一人で立ち寄ることも少なからずあったかと思います。

 

そんな”たまき推し”だった私達変わり者親子のことを彼らはいつまでも覚えていてくれて、私が転職をして住まいが都内寄りになって数年ぶりに顔をだしたときの嬉しそうな笑顔ったら!

「すっかりきれいになって!」と繰り返しながら出口まで夫婦で見送ってくださったエピソードを父に話すと、「今できれいになったなら昔はよっぽど酷かったんだろうな~!!あーはっは!!」と私とまるで同じ感想を述べつつ愉しそうにしていたのであります。父もそう長くはないと思いますので、今日は家族で顔を出すことができてまったく満足です。ご夫妻はそんな「お父さんは元気?」といつも聞いてきれましたね。

 

 

さて、そんな懐かしい食事の最中、彼はしみじみ「お前の努力が運を引き寄せたのだろうが、しかし恵まれたな」と私の現在の会社について言及しました。

変わり者の彼曰く、職業における人間のタイプはザクっと「荒野を開拓していけるやつ」と「既存の仕組みのなかで上手く調整できるやつ」の二手に分かれるんだそうです。

次いで「俺とお前は前者なんだよ」と言うのですが、それなら尚更この変人がいかにして都庁のエリート社会で長いものに巻かれず生きてきたのか、不思議でならないのでありあます。一年で一生分嫌われながら生きてきたんじゃない…?と遠いものを見る目になりましたね。

 

なぜこんな話になったかと言うと、変人の娘は副業、個人輸入に興味深々だという旨を話したからです。先日セミナー聞きながらやりたいな~こうしようかな~と急にイメージしはじめましてねえ…。月収5万円を己の力で足せる王様で充分、それが俺様の石油王の一歩だぜ!というわけです。

 

最後は私の壊れかけの腕に沢山のものを抱きしめて死んでいくのか?それとも最後はあらゆるものを手放して、愛においても暮らしにおいても清貧の中で穏やかに死んでいくのか…どちらなんでしょうか。

 

何を手にしているのか分かりませんが、やはり私は自分の人生のメインバッターであり玉座についていたいというのが二十七年間の本懐なのではないか?と思っています。