Enter The Void

1991, Tokyo. A trader from the country side. Book

もう会えない大好きだったひと

昨日は恒例の週末の酔っぱらいで助動詞も変換もクレイジーなクレイジーブログを投稿したのですが、それがあらんことから過去最高アクセスをはたきだしてしまいました…。そんなぁ~ちゃんと書けば良かったぁ~。(どうせ書いたら最後推敲なんてしたためしがないですし、したところで改善されませんが…。。)

 

 

さて、あれから少し心の時の旅をして改めて今日の状況を振り返ってみると、”今は会えない”ではなく”もう会えない”の方が残念ながら適切です。

私にとってそれは、永遠の"待て”で終わってしまいました。

彼女とは私が学部、彼女が院を卒業して社会人になってからも連絡をとっていたのですが、彼女はその年の秋から冬にかけて一大試験を控えておりました。その試験が終わったクリスマスのころだったかな、「やっと落ち着きそうだから日程分かったら連絡するよ!」とメッセージ拝受し…

 

 

 

 

 

 

待つ。

 

 

待つ。

 

 

待つ。

 

 

待つ。

 

 

そして待つ。

 

 

待て。

 

 

あれよこれよと元底辺部員、海外へ行く。

 

 

 

 

 

 

元底辺部員、東京の外資商社へ転職する。

 

 

 

 

 

 

元底辺部員、レズをソフトに公にして生き始めたことによる後ろめたさにより、もうどのツラ下げても連絡ができなくなる。

 

女しかいない地上の楽園(クラブ)で金銭を対価に一瞬の快感を購買することに悦びを見出すなどをする。(ほんの数回)しかもそれを公にする。(カミングアウトはド派手に面白くやってやろうと決めていた)早く幸せになって欲しいなあと繰り返し言ってくれたけれど、ちっともなってません。

 

 

 

 

 

そして今日に至る。

 

 

今の私は東京の会社で、屈強なライオン達に交じって、二か国語をなんとか使って、”強くて弱い型の典型”の如し日々を、綱渡り。近頃は、事情もあって年上相手に指示を出さなければならなかったりする。世界と戦ったりしている。

 

いつの間にか彼女に出会ったころの”弱くて弱い”自分のことなんて、ケロっと忘れちゃっていた。あんた最初っから強かった顔すんじゃないよっ!もとはと言えばあたいがあんたみたいにどうしようもないのを見捨てずに育てたんだからね!とパシーンとやられてしまうかも知れない。「理屈ですべて割り切れるほど、そんなに強くないんだから」と私を窘めた彼女の声がよみがえる。私にはクローズドにして生きていることがとても多かったから、そういう生い立ち等も含めて「いつかだんが話してくれたらいいな」と繰り返してくれたときの優しい声も。

 

 

そんな風に思い出を辿っていたときに、彼女の卒論のテーマが空虚感だったことを思い出した。ヴィクトール・フランクルというアウシュビッツ収容所を生き延びた(「夜と霧」)著名な心理学者がいて、強いて言えば彼の遺した仕事が最も虚しさに照準を当てていたそうだけれど、空虚感にスポットライトを絞った研究というのは実は当時なかったそうな。私もインタヴューに協力したのだけれど、クソッタレ過ぎて役に立たなかったと思う。本当にごめんなさい。

 

 

私が今日知りたいことは、どうして彼女は虚しさをテーマに選んだのかということです。きっとそこには私の知らない本当の先輩の姿があるんだよね。臨床の話になるといつもキラキラして夢中で話してくれたよね。なにを考えていたの?どんな目線で世界を切り開いていたの?

 

 

 

今はどんな世界でどんなことを考えているんだろう。今では風の便りすらあなたを運んできてくれません。

 

 

 

でも、きっと知るべき人は知っているんだろうな、元気なんだろうな、と信じることにしているよ。

 

私の待て!は永遠の待てだったけれど、どうせ犬なら「あたしってこんなにデカくて強くてかっこいいのになつかれてたっけ?」と思われるような犬がいい。

 

 

 

 

あの湖畔でみんなで泣いて、叫びながら過ごした夏の日の続きを、今日も生きる。