Enter The Void

1991, Tokyo. A trader from the country side. Book

湯めぐり痴情詩

三ノ輪はまるでタイムスリップしてしまったかの様な錯覚を生むエリアだ。

それも面白いことに、自分たちの商機はそこにあると自覚している。

駅も飲食店もこぞってレトロを売り出し、思わずカメラをもって出かけたくなってしまうような一種独特の空間となっている。しかし、三ノ輪の魅力はそんなありがちな昭和の捏造で終わらない。あの商店街とそこで暮らす人々は、恐ろしいほど天然でそのレトロな形を保っているのだ。時代から忘れ去られたように生きる町。駅を出てすぐ始まる「ジョイフル(商店街の名前)」なんて、ペンキもすっかり日に焼けて剥がれてきた冴えないアーケードなのだけど色合いが妙に鮮やかで魔物の様な活気がある。

 

 

大勝湯は商店街の最中に忽然と現れる銭湯だ。

 

 

騙されたと思って行ってみて欲しい。一歩扉を開けた瞬間から、大正時代から時を止めたかの様な広大な空間に圧倒されてしまうだろうから。真っ白な人工天然温泉つき。

お客さんたちの雰囲気も、やっぱり下町独特の刺というか険はあるものの、嫌な常連同士群れている景色を見たことがなく、それもこの銭湯の良さのひとつだった。銭湯に癒されに巡るようになってもうそれなりに経つのだけれど、幸い直接的に不快な思いをすることなく快適な湯めぐりをしていたし、大勝湯は特にお気に入りで平日にも通った。

 

 

それが…

 

 

 

 

遂に!今日!

 

ひっかかりました!銭湯でえばりたがるだっさいくっちょやろーに!

(いるんですよ、私が嫌だから水を流すなとかいうやつ。水用の蛇口、ついてんのにね。)

 

今から書くことで私を面倒くさい野郎だと思われてしまうと悲しいのですけれど、銭湯を愛しているからこそ、かねてからタチの悪い常連の意地悪は絶対に絶対に許せないと思っていたんです。遂に自分自身が抵抗を示すべき時が来たと思い、ちょっと衝突することにしたんです…。私は他者からの不当なコントロールというものに対してありとあらゆる手を使って抵抗してフェアであることを示したがる人間なので、他人を言いなりにする特権をもった人間などこの世に存在しないという信念の元、強気に出ることにして舌打ちしてやりました。

 

 

適宜「お姉さん、千住は長いんですか?素敵な銭湯ですね」なんて懐に飛び込んで相手のヒストリーとルールにリスペクトを示し和解をするという戦術もあるのだけれど、まさかやり返されると思っていない愚かなヒトラーチンパンジー野郎についてはこちらの姿勢を明瞭に示さなければなりません。こっちをナメてんだからね。もちろん「あ~ほんときっぶんわっるーー!」とこちらをしつこく睨んでおりましたが、「下町の洗礼を受けたね~いるんだよ若い人見つけるとイジメたがるやつ~」と妹に説明し、その後もにっとしておりました。

 

 

これ、結構なケンカになるんじゃないの~!?と思ったらですよ…

 

 

 

なんにもなし。

 

 

ただ、嫌がらせのように見るだけ。

噛み返されてびっくりしちゃったんですかね。

 

(偉そうに個人的な義憤を書いてますけど、クソ常連3対1とかだったらすっと引いて流しちゃったかも知れません…今回は敵兵が1だったから全力でタイマンでいくぜと思っただけで…。)

 

 

 

 

 

そんな時、ふっと銭湯で幻を見たんです。

からんで、私の手を引いて、やめて、やめよ、と止める彼女の首元からきれいに閉じられた太もも。艶々に水に濡れた。

 

それは、喧嘩の仲裁に入る時の悲痛な怯えた声でもなんでもありません。

それは彼女の価値観やパーソナリティからでたリラックスした声で、笑って流しちゃいなよ、と私に微笑みかける声なのです。リアリティに溢れた未来の彼女の幻を見た私は、その手ごたえのある感触と首から下のイメージが鮮烈に脳裏に焼き付いてしまい、妹と汚ぇ公園で格安総菜を食っている時も思い出しては暫くにやにやしていました。予知夢だ…予知夢に違いないこれは…至上最高のエロス…ベストオブセクシー未来予知だ…。彼女は、私が昔付き合っていた女の子と同じ呼び方で私を呼んでいました。

 

 

こうしてはいられない、寝ても覚めても呼んでも一向に現れない私のその人は、今こちらに向かって一歩一歩歩み寄ってきてくれているのかも知れない…こうしてはいられない!私はまだマッチョでもなければ石油王でもなく人生の負債に怯えた明日の見えないしみったれま青年だ!今街角であなたとすれ違っても、私は魅力のない己から逃げるようにあなたとの出会いからも目をつぶるに違いない!

 

それでも私達は刻一刻と未来に歩んでいて、お互いに近づいているんだろうか?おお私は明日からあなたを待ちうる人間になる為に鬼気迫る努力だってしようじゃないか。隠し事ばかりの人生を送ってきた私が、あなたに言えないことなんてなんにもない人間へ生まれ変われているように…。そんなことは無理だって分かっているから、存在しない人へのラブレターをこうして書いているんだよ。

 

しかし、そんなSF風ロマンチックな世界観であなたを待つ。私ばかだから。