Enter The Void

最近はジャズとちひろさんに夢中です。

セロトニン

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最後の更新から、何の変哲もない仕事中心の日々はかろうじて続き、切れかけた凧の糸は今のところなんとか切れずに繋がれております。

そんなわけで特にあげる写真もないような日々だったので、今日のサムネは魚と大豆中心の暮らしに切り替えたここ最近の現場写真…。もうしらす大根おろし無しでは生きられない…。おらはしらす破産しそうだ。若い頃ならこんな食事をしたらするする瘦せたのに、三十代 x テレワークは恐ろしいですね…一向に痩せないよママン…秋には友人の結婚式があるというのに、果たして私は大トドからアザラシに変身できるんだろうか。セイウチに進化しているかも。

 

そして頭書の件、週末にミシェル・ウェルベックセロトニンを読んだ。今日はウェルベックについてつらつら書いてみる。私は大体年間百冊程度読むのですが、不思議と特定の好きな作家ができなかったのですよね。本好き決して酒の後に本屋に行くべらからず。誓ってはまた酔っぱらって本屋に寄っては翌朝一生読まないような本が高く積まれていることに気づいて絶望することを繰り返す人生…昨年は酔っぱらってメルカリでウェルベックを五冊買ってしまってよりによってなんで???????????となっていたのですが、それを機に気が付けば彼の作品をすべて読んでしまった…。最早立派なファンではないか。

 

最初に読んだのは「プラット・フォーム」だった。これと言って上昇志向もなく、人情もなく、女はみんな人格を持たない肉の塊みたいに思っている無口な男たち。それでも何故か決まって特定のイイ女にモテるし(酷く都合が良い。根暗の夢だろうか。)、タイにしけこんで売春してみたりする。そして最後はイスラム原理主義や気のふれた犯罪者に粉々に破壊されて、無気力な主人公の噛んでも味がしないような世界もこれで一挙終わりだ。ざっくり無理矢理例えるなら、村上春樹をマイナーチェンジしてバイオレンスにしたテイストかも知れない。いつでも都合よく女性から性を授けられるところなんて、特に。

 

この作家は時代に警鐘を鳴らす目的で敢えてこういう空虚な人々を描いているのか、そうでなければ随分酷いhateを持った作家だな(実際、女性とムスリムの描き方が嫌いだ、という人もいます)…と最初は厭々読んでいたのだが、続いて「地図と領土」「服従」を読んでみると少々印象が違ってくる。若しくは、彼の世界観に慣れてくる。するめ

 

主人公は常に枯れ木の様で、暮らしに困っていないが何の情熱も持ち合わせていない。決まって線の細いインテリだ。そうして「素粒子」を読む頃には、何故かすっかり彼を好きになってきた。「闘争領域の拡大」、「セロトニン」と来て、もう完全に彼が好きになった。ここまでずるずるウェルベックワールドに浸ってみると、作品の根底に共通しているメッセージを勝手に感じることができたからだ。そして私も彼の言葉を通して、自分自身の噛んでも噛んでも二度と味が戻らない世界に出会い慰められるのである。

 

ウェルベックはどこかごっそり人間性の欠けた人々を描く。自分の心にはぽっかり穴が開いていると感じられるくらいの人情があればまだしも、彼の描く男性たちの世界には血の通った人間や生々しい感情が存在しないのだ。そんなウェルベックの描く人々は、何かに嗜癖している。コーヒー、酒、女、煙草、パーティ、ユイスマンス。だから、年をとっていくことが恐ろしい。若さや性、嗜癖をとったら、もう何も残らない。足掻いてもじりじり擦り切れていき、最後はお陀仏なのだ。

 

セロトニン」はタイトルの通り、そんなウェルベックの世界の住人の完成形・代表人物かも知れない。ただ年をとって、あの時の人生の分かれ道を見つめてフラフラ街を彷徨い歩いているような。取り返せないことは分かっているのに、彼は過去の亡霊に会いに行く。失われた可能性や愛を探して、抗うつ剤の量はどんどん増えていく。髪の毛は薄くなるし、もう欲望も希望も人生の残り時間もないし、参ったことに彼が人生ですれ違った僅かな美しい人たちも同じように時の試練に負けて破滅している。

 

やがて手持ちのカードはゼロになったと受け入れる時がくる。一人、また一人頭を拳銃でぶち抜いていく。若いころのゼロなら取り返そうと思うかも知れないが、もう年をとっていよいよ人生が終わりかけていると感じている中年にとっての手札ゼロの孤独感・絶望感はすさまじい。ウェルベックはそういう人の人生の変遷や意識の流れを凄く生々しく描いてくれるんだよね。まったく感じは違うけれど、コレットシェリも似たところがあって良かったな。若さを失った結末は同じ。

 

…と画面に向かって謎に語り続けること20分。

三十路は辛いと嘆いたら、会社のパイセンたちから頭を叩かれます。

生き生きと年をとる見本のような人たちだからな。私はどうもそんなに強くできていないよ、と言いながらしぶとく好き勝手劇場で生き残りたいと思います…。

 

もしかしたら自分の現実が耐えがたくなり、こんな身を切られるような孤独の中では誰も生き延びられないので、それに代わる一種の現実を作ろうとしているのかもしれない、人生の分かれ道までさかのぼって、追加ポイントを獲得しようとしているのか、もしかしたらそれはここに隠されていて、この何年かの間ふたつのホームの間でぼくを待っていたのかも、ぼくの人生のスコアは列車のほこりと油に塗れて見えなくなっていたのだろうか。